横須賀美術館 YOKOSUKA MUSEUM OF ART
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

佐伯祐三 SAEKI Yuzo
窓のある風景;パリ風景 Building with Windows - A Scene of Paris

1925(大正14)年 油彩・画布 65.2×80.3cm
土色の壁の建物の窓が開いている。それは開放的とは言えない黒い窓で、屋根の上には薄暗い鉛色の空がたれこめている。1924(大正13)年、26歳の佐伯はパリに到着した。滞在中は写生旅行に出かけ、ブラマンクに会うなど活発に行動し、1925年にはサロン・ドートンヌに入選した。この年《窓のある建物》が描かれた。当時の佐伯はパリの街を描いたユトリロの作品に接し、ブラマンクのフォーヴィスムから脱する時期にあったとされるが、本作にユトリロのような街への愛着を見出すことはできない。暗く、重厚な建物がやや右に傾き画面全体に広がるさまは、画家の前に立ちはだかる苦難を暗示しているかのようだ。硬質な石造りの建物、湿気のない乾いた空気、日本と全く異なるヨーロッパの風土で絵が描けなくなった日本人留学生、佐伯もそのひとりだった。パリ到着1年後に描かれた作品にそのような苦悩を読み取るのは間違いか、それとも時間をおいてようやく自らにのしかかる重圧と圧迫感を描きえたのか。 (H.K.)

佐伯祐三 1898(明治31)-1928(昭和3)年
大阪府に生まれる。中学時代から赤松麟作の洋画研究所に学ぶ。中学卒業後上京、川端画学校を経て東京美術学校西洋画科に入学。1923(大正12)年同校卒業後、妻子を同伴し渡仏。翌年よりパリのグラン・ショーミエールに通うが、自作を携えヴラマンクを訪れた際、そのアカデミスムを一喝される。翌1925年にユトリロの作品に接してフォーヴィスムを脱却、叙情的な作風をも取り入れる。同年サロン・ドートンヌに《コヌルドリ(靴屋)》《煉瓦屋》を出品して入選。翌年帰国し第13回二科展に滞欧作を発表、二科賞を受ける。里見勝蔵、前田寛治らと一九三〇年協会を結成するも、帰国中は日本的風景との違和感から制作に苦しむ。1927(昭和2)年再渡仏。第二次パリ滞在では荻須高徳、山口長男と交流し、パリ近郊モランで制作するが、1928年パリ郊外の病院で客死。